1. 労働能力喪失率の算出方法
  2. 喪失率の妥当性
  3. 労働能力喪失期間

労働能力喪失率の算出方法

得べかりし利益の喪失 ~逸失利益

後遺症が残った場合は、その支障のために将来にわたって労働能力に影響が出る事が一般的に考えられます。 そして労働能力に悪い影響が出れば、その分収入が減る可能性が高いと考えるのが合理的です。事故が無ければ得られるはずだった利益が、 後遺症のために得られなくなったことによる損害を「逸失利益」といいます。

逸失利益は「基礎収入」×「労働能力喪失率」×「就労可能年数に対応するライプニッツ係数」という式で算出します。 労働能力喪失率は、 労働能力喪失率表によることが一般的な取り扱いとなっています。

障 害 等 級労働能力喪失率
第1級100/100
第2級100/100
第3級100/100
第4級92/100
第5級79/100
第6級67/100
第7級56/100
第8級45/100
第9級35/100
第10級27/100
第11級20/100
第12級14/100
第13級9/100
第14級5/100

表の喪失率は、労災補償の給付額から算出されたものといわれています。 後遺障害の重さがどの程度労働に影響するのかを意識して作られていることは間違いありませんが、 現代の多様化した職業について、その職務内容の違いを考慮することなく作成されており、基準としては単純すぎるきらいがあります。 自賠責保険も労災の障害認定基準に準拠するとされていることから、 同じ表を使って逸失利益の計算をしています。自賠責保険はこの表に基づいて計算することに決まっており、例外はありません。それは自賠責保険が 個々のケースに合った損害賠償をすることを目的にするものではなく、最低限の保障を目的とするものだからです。自賠責保険の支払いは、 多くの場合保険金額の上限に達するため、労働能力喪失率をフレキシブルに運用する意義が乏しいということも理由の一つでしょう。

しかしこれはあくまでも自賠責保険の計算であって、一般の損害賠償請求の計算方法がこれに縛られるいわれはありません。 有職者を前提とした労災保険の基準を、有職者・無職者を問わず全年齢の人を対象とした自賠責保険の基準として用いることの歪を指摘する声も根強くあります。 残った後遺症による労働能力喪失の程度が、労働能力喪失率表の数値を上回るものといえるのであれば、 それ以上の喪失率で請求をすることは自由にできるのです。

喪失率の妥当性

そもそも労働能力喪失の程度は、全く同じ障害が残った場合であっても、その人の性格、職業、年齢、性別などによりバラバラであることは 自明の理です。例えば嗅覚が失われて12級相当となった人の喪失率は14%で妥当でしょうか。 調理師、主婦、工事現場作業員、製造工場作業員、教師、事務職、営業職、販売職、ピアニスト・・・。喪失率が何パーセントになるかは 別としても、料理のにおいがわからないことが調理師にとって大きな支障となることは容易に想像ができますし、現場作業員にとっても ガスや溶剤のにおいがわからないことは、仕事を行う上での支障となり得ます。それに比べると事務職や営業職では支障が出にくいといえるでしょう。 こうした個々の事情を無視して、何等級であるかということだけで労働能力喪失率を決めて後遺障害逸失利益の計算をするというのは、 雑な計算方法といえます。

装具等による労働能力の改善

装具等により労働能力や日常生活動作に改善が見込める場合があります。例えば義肢、かつら、特注靴、コルセット、補聴器などの装具や器具です。 障害の内容によっては、喪失された労働能力を大きく改善できるケースもあるといえますが、そのような場合は装具の取得費用を損害として認めたうえで、 労働能力を低く算定するという取り扱いがなされるのでしょうか。例えば下肢短縮の後遺障害が残り、左右の脚長差をなくす特注靴を装着している場合、 職業によっては労働能力にほとんど影響を及ぼさないという事があります。このようなケースでは一律に労働能力喪失率を低く算定するという取り扱いはされませんが、 被害者の障害内容、年齢、職業などを個別に検討し、表ほどの労働能力が失われていない状態が継続するという事になれば、喪失率が低く算定されることになります。

差額説と労働能力喪失説

理想をいえば、後遺症がその被害者にとってどのような不利益をもたらすのか、実際に減収はいくらあるのかを計算して逸失利益を算出 すれば、「実損害の填補」という意味では、被害者にとっても加害者にとっても公平な解決ができそうです。これは一般に「差額説」という考え方に 基づくものです。差額説を突き詰めていけば、表の労働能力喪失率にこだわる必要はなく、実際の支障の程度や減収の実態を証明すれば、妥当な 逸失利益の計算ができそうでもあります。しかし逸失利益というのが将来発生する損害である以上、被害者の年齢によっては、数十年間にわたり フィクションによって損害計算をせざるを得なくなります。被害者の事故時の職業等を考慮して損害計算をするのが基本ですので、例えば 27歳のOLが嗅覚脱失で12級となったケースで、その時点では減収がないからと、向こう40年間にわたり逸失利益は発生しないと断じてしまう ことにも違和感を覚えるのではないでしょうか。

差額説に対する考え方として「労働能力喪失説」があります。これは実際に減収がなくても、障害が残っている以上は労働能力を 喪失していることは明らかであるので、現実の減収がなくても逸失利益を認めるという考え方です。労働能力喪失説に立った場合は、 喪失率がどれくらいかということを立証する必要がありますが、これを厳密に考えると、後遺症の内容や具体的な職務内容、その存続可能性などにより 個別に喪失率を主張することとなりそうですが、結局はフィクションの話であり、全てのケースにおいて個別に喪失率を認定するのは 著しく困難が伴い、それによって公平性が損なわれる恐れもあるのではないでしょうか。

結局のところ、実際にはほとんどが労働能力喪失率表とおりの喪失率で話し合いが進められています。 喪失率算出の科学的根拠はあいまいですが、「平均的な」解決に大いに役立っていることは事実です。訴訟上で喪失率表とは異なる率の主張をして認められるケースは 多く存在していますが、それなりの理由がある場合に限定されています。どちらの説に偏った主張をしても、結局は長期間にわたって 個別に主張する損害が発生し続けると認定することが困難であるということも理由の一つかと思います。

減収がない者の労働能力喪失率

逸失利益は、労働能力を一定量喪失することにより予定される減収分を、損害とみるものです。 しかし実際には復職後、事故前と変わらない給与収入を得ているものもいます。 このようなケースでも逸失利益は認められるのでしょうか。

減収が無ければ損害もなしともいえますが、逸失利益は将来の損害を予測して計算するものです。現時点で減収が無いからといって、 将来にわたって減収が発生しないとは必ずしも言い切れません。例えば減収が発生していないのが、職場の配慮によるものだった場合は、 将来にわたってその配慮が維持されるかどうかは、何ともいえない部分があります。 直属の上司の異動や、会社の経営状況によっては真っ先に人員整理の対象とされる可能性がありますし、 転職できたとしても前職と同じような配慮をしてもらえる可能性は低いでしょう。 定年まで2~3年の人であれば、その状態が維持される可能性は高いですが、定年まで30年ある人の場合はどうでしょうか。 それだけ長い年月特別な配慮を受け続けられる保証はどこにもありません。職場の規模や、一般企業か、公務員かということも関係してきます。

多くの判例は逸失利益を完全に否定はしていません。ただし労働能力喪失率を低く認定して計算するなど、現実に即した調整を行うケースは多いです。 その後遺症が、その人の業務にどれだけの支障があるのか、特別な努力をして減収を食い止めているのか、勤務先の規模や転職の可能性はどうか などの事情を総合考慮して認定がされています。

労働能力喪失期間

就労可能な上限年齢

後遺障害は、生涯残るという前提で等級が認定されるものであるため、労働能力喪失期間は、就労可能とされる年齢までの分が認められるのが原則です。 実務上、就労可能とされる年齢は67歳とされています。これは昔の簡易生命表から導き出された数字です。既に67歳を超えている者や、 症状固定日から67歳までの年数が簡易生命表による平均余命の二分の一より短くなる者の場合は、平均余命の二分の一の期間を喪失期間とします。 例えば平成24年の簡易生命表による65歳男子の平均余命の二分の一は9.4年ですので、労働能力喪失期間は9年として計算します。

喪失期間の始期を、症状固定日の時点での年齢と安易に決めつけることは、不公平な結果を生み出します。例えば年収700万円で労働能力を45% 失った男子の場合、症状固定日に40歳となったAと、症状固定日の翌日に40歳となる(症状固定日は39歳)Bでは、 Aの逸失利益が約4612万円であるのに対し、Bの逸失利益は約4692万円となり、その差額は80万円にもなります。

馴化と可塑性

労働能力喪失期間は、67歳までを原則としますが、後遺障害の種類や被害者の年齢などにより、必ずしも同程度の労働能力の喪失が生涯続くとは 言い切れないケースも存在します。むち打ち症の喪失期間は、神経症状はいずれ馴化し、支障が軽減されるというのが定説となっており、 14級の場合で3~5年程度、12級の場合でも10年程度で喪失期間は打ち切られています。 また、若年者には可塑性があり、例えば機能障害などは、訓練によりかなり回復することが知られており、労働能力喪失率を期間の経過ごとに 逓減させる場合もあります。例えば最初の10年は35%とするが、次の10年は27%で計算するなどです。

未就労者の喪失期間

既に就労している者は67歳までの年数を喪失期間としますが、未就労のものは次のように決定します。

  • □18歳未満の者は18歳を就労の始期とします。
  • □大学在学者、大学卒業見込み者は大学卒業時を就労の始期とします。

18歳未満の者の労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数は、18歳に達するまでの期間分を引いて計算します。 例えば10歳の者の場合は、10歳から67歳までの57年間に対応するライプニッツ係数の18.7605から、 10歳から18歳までの8年間に対応するライプニッツ係数6.4632を引いて12.2973となります。