上肢の後遺障害
肩関節に直接外傷を受けたり、周辺部に外傷を受けたりした場合に、可動域制限や痛みなどの後遺症を残すことがあります。 肩関節は構造が複雑なため、損傷が見落とされるケースもあり、そのために低位の等級しか認定されていないケースが見られます。 関節の機能障害のほか、切断により指や腕を失ったり、骨折した部分が変形してくっついたりする障害があります。
機能障害や変形障害に該当しない場合であっても、それに伴う痛みなどの神経症状が残った場合は、第12級13号か第14級9号に 認定される場合があります。
【上肢の欠損障害】
両上肢をひじ関節以上で失ったもの | 第1級3号 |
両上肢を手関節以上で失ったもの | 第2級3号 |
1上肢をひじ関節以上で失ったもの | 第4級4号 |
1上肢を手関節以上で失ったもの | 第5級4号 |
「ひじ関節以上で失ったもの」とは、肩関節もしくはひじ関節や、肩関節とひじ関節の間で上肢を切断した場合をいいます。 「手関節以上で失ったもの」とは、手関節や、ひじ関節と手関節の間で切断した場合をいいます。
【上肢の機能障害】
両上肢の用を全廃したもの | 第1級4号 |
1上肢の用の全廃したもの | 第5級6号 |
1上肢の3大関節中の2関節の用を廃したもの | 第6級6号 |
1上肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの | 第8級6号 |
1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの | 第10級10号 |
1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの | 第12級6号 |
上肢の用を全廃したものとは、3大関節(肩・肘・手関節)の全てが強直し、かつ、手指の全部の用を廃したものをいいます。
関節の用を廃したものとは、①関節が強直したもの(ただし肩関節にあっては肩甲上腕関節が癒合し骨性強直していることがX線写真により確認できるものを含む)、②完全弛緩性麻痺またはこれに近い状態となったもの(これに近い状態とは、可動域が健側の10%程度以下となったものをいう)、③人工関節を挿入置換し、その可動域が健側の1/2以下に制限されるものをいいます。
関節に著しい障害を残すものとは、①可動域が健側の1/2以下に制限されているもの、②人工関節を挿入置換したもののうち、可動域が1/2以下に制限されていないものをいいます。
単なる機能障害は、関節可動域が健側の3/4以下に制限されているものをいいます。
関節の機能障害の評価方法
関節の機能障害は、可動域の制限の程度に応じて評価します。上下肢など、両側に関節があるものについては、健康な側(健側)と障害のある側(患側) とを比較することとなりますが、両側とも障害が残ったり、脊柱などの障害で健側との比較ができない場合は、参考可動域角度との比較で評価を行います。
部位名 | 運動方向 | 参考可動域角度 |
---|---|---|
肩 | 屈曲(前方挙上) | 180 |
伸展(後方挙上) | 50 | |
外転(側方挙上) | 180 | |
内転 | 0 | |
外旋 | 60 | |
内旋 | 80 | |
ひじ | 屈曲 | 145 |
伸展 | 5 | |
前腕 | 回内 | 90 |
回外 | 90 | |
手 | 屈曲(掌屈) | 90 |
伸展(背屈) | 70 | |
橈屈 | 25 | |
尺屈 | 55 |
【上肢の変形障害】
1上肢に偽関節を残し、著しい運動障害を残すもの | 第7級9号 |
1上肢に偽関節を残すもの | 第8級8号 |
長管骨に変形を残すもの | 第12級8号 |
偽関節を残し、著しい運動障害を残すものとは、上腕骨の骨幹部または骨幹端部に癒合不全を残し、あるいは橈骨及び尺骨の両方の骨幹部等に癒合不全を残し、常に硬性補装具を必要とするものをいいます。
偽関節を残すものとは、上腕骨の骨幹部または骨幹端部に癒合不全を残し、あるいは橈骨及び尺骨の両方の骨幹部等に癒合不全を残し、常には硬性補装具を必要としないものをいいます。橈骨または尺骨のいずれか一方の骨幹部等に癒合不全を残し、時々硬性補装具を必要とするものもこれに該当します。
長管骨に変形を残すものとは、①上腕骨に変形を残す、あるいは橈骨及び尺骨の両方に変形を残し、外部から想見できる程度(15度以上屈曲して不正癒合したもの)以上のもの、②上腕骨、橈骨または尺骨の骨端部に癒合不全を残すもの、③橈骨または尺骨の骨幹部に癒合不全を残し、硬性補装具を必要としないもの、④上腕骨(骨端部を除く)の直径が2/3以下に、または橈骨もしくは尺骨(それぞれの骨端部を除く)の直径が1/2以下に減少したもの、⑤上腕骨が50度以上外旋または内旋変形癒合しているものをいいます。
【事例】 肩関節の機能障害で第12級6号に認定
バイク対自動車の事故で、バイクが転倒し肩を強打、鎖骨を骨折しました。後遺障害診断書をもって相談に見えましたが、記載内容をみると 非常に雑な内容で、これでは取れる等級も取れないことが明らかでした。被害者様もそれを心配してご相談にみえたのですが、 医師にどのように頼めばよいかわからないとのことで、ご依頼をいただきました。調べてみると肩の機能障害で12級になる可能性があるとわかりましたが、 それに必要な画像検査が行われていません。早速医師にお願いして検査を行い診断書にコメントをお願いしましたが「何を書けばいいかわからない」 とのことでした。そのためいくつか記載例をお示しして、必要な情報を追加していただき、等級の方も初回申請で12級となりました。
手指の後遺症
【手指の欠損障害】
両手の手指の全部を失ったもの | 第3級5号 |
1手の5の手指又は親指を含み4の手指を失ったもの | 第6級8号 |
1手の親指を含み3の手指を失ったもの又は親指以外の4の手指を失ったもの | 第7級6号 |
1手の親指を含み2の手指を失ったもの又は親指以外の3の手指を失ったもの | 第8級3号 |
1手の親指又は親指以外の2の手指を失ったもの | 第9級12号 |
1手の人差し指、中指又は薬指を失ったもの | 第11級8号 |
1手の小指を失ったもの | 第12級9号 |
1手の親指の指骨の一部を失ったもの | 第13級7号 |
1手の親指以外の手指の指骨の一部を失ったもの | 第14級6号 |
手指を失ったものとは母指は指節間関節(IP)、その他の指は近位指節間関節(PIP)以上を失ったものとされており、 具体的には①手指を中手骨または基節骨で切断したもの、②近位指節間関節(母指にあっては指節間関節)において、基節骨と中節骨とを離断したものをいいます。
指骨の一部を失ったものとは、1指骨の一部を失っていることがX線写真等により確認できるものをいいます。
【手指の機能障害】
両手の手指の全部の用を廃したもの | 第4級6号 |
1手の5の手指又は親指を含み4の手指の用を廃したもの | 第7級7号 |
1手の親指を含み3の手指の用を廃したもの又は親指以外の4の手指の用を廃したもの | 第8級4号 |
1手の親指を含み2の手指の用を廃したもの又は親指以外の3の手指の用を廃したもの | 第9級13号 |
1手の親指又は親指以外の2の手指の用を廃したもの | 第10級7号 |
1手の人差し指、中指又は薬指の用を廃したもの | 第12級10号 |
1手の小指の用を廃したもの | 第13級6号 |
1手の親指以外の手指の遠位指節間関節を屈伸することができなくなったもの | 第14級7号 |
手指の用を廃したものとは、手指の末節骨の半分以上を失い、または中手指節関節(MP)若しくは近位指節間関節(PIP)(母指にあっては指節間関節(IP))に著しい運動障害を残すものとされており、具体的には①手指の末節骨の長さの1/2以上を失ったもの、②中手指節関節または近位指節間関節(母指にあたっては指節間関節)の可動域が健側の1/2以下に制限されるもの、③母指については、橈側外転または掌側外転のいずれかが健側の1/2以下に制限されているもの、④手指の末節の指腹部および側部の深部感覚および表在感覚が完全に脱失したものをいいます。
遠位指節間関節を屈伸することができないものとは、①遠位指節間関節が強直したもの、②屈伸筋の損傷等原因が明らかなものであって、自動で屈伸ができないものまたはこれに近い状態にあるものをいいます。
関節の機能障害の評価方法
関節の機能障害は、可動域の制限の程度に応じて評価します。上下肢など、両側に関節があるものについては、健康な側(健側)と障害のある側(患側) とを比較することとなりますが、両側とも障害が残ったり、脊柱などの障害で健側との比較ができない場合は、参考可動域角度との比較で評価を行います。
部位名 | 運動方向 | 参考可動域角度 |
---|---|---|
母指 | 橈側外転 | 60 |
掌側外転 | 90 | |
屈曲(MP) | 60 | |
伸展(MP) | 10 | |
屈曲(IP) | 80 | |
伸展(IP) | 10 | |
指 | 屈曲(MCP) | 90 |
伸展(MCP) | 45 | |
屈曲(PIP) | 100 | |
伸展(PIP) | 0 | |
屈曲(DIP) | 80 | |
伸展(DIP) | 0 |
TFCC損傷(三角線維軟骨複合体損傷)とは
どういう傷害か
転倒時に手をついて手首が背側に強く曲げられた場合に負いやすい怪我です。 事故で手首を傷め、数ヶ月経過しても痛みがとれなかったためMRIを撮ってみたらTFCC損傷(ティーエフシーシー)といわれたという方が多いです。手首の小指側あたりが痛みます。 TFCCとは、手首の尺骨側にある軟骨や靭帯のことです。関節円盤、遠位橈尺靭帯、尺骨月状骨靭帯、尺骨三角骨靭帯などで構成され、手根骨、橈骨、尺骨間の安定に役立っています。これが損傷することで、手首の痛みが長期間続きます。
治療方法
通常はサポーターなどによる固定治療がとられます。効果が得られない場合は関節内への麻酔注射が行われる場合もあります。 損傷と症状の程度によっては、手術がされることもあります。現在は関節鏡による人体への侵襲が少ない方法が主流のようです。 マイクロサージャリ―といって、手首に小さな穴をあけるだけの方法です。 三角線維軟骨複合体損傷かどうかの検査は、MRIや関節鏡が使用されることが多いです。
後遺障害等級
神経症状として14級9号または12級13号に認定されます。 医師がTFCC損傷と診断しても、後遺障害等級が認定されない場合もあります。MRIでは損傷が判然としない場合が多いからです。 TFCC損傷に限ることではありませんが、等級認定されるとされないとでは、損害賠償額に大きな違いがでます。事故当初から手首の治療をしていて、 後日TFCC損傷と診断された場合は、仮に等級が非該当となっても、異議申し立てを検討すべきでしょう。 的確な資料を提出することにより、妥当な判断がされる可能性がありますので、簡単にあきらめるべきではありません。
異議申し立ての事例
認定事例1
事故態様
57歳男子プログラマーが自動車で国道を時速約60kmで走行中、信号機のない狭路より加害自動車が飛び出し、 側面に衝突。被害車両は反対側車線まで跳ね飛ばされ、 対向車と接触しながら暴走。交差点から50メートルほど先の歩道に乗り上げて停止した。
傷病および治療経過
左手関節打撲、左肩打撲、右膝打撲、頚椎捻挫の診断。7ヶ月通院の後、左手関節および頚部痛を残して症状固定。手関節の痛みによりタイピングに影響、ミスが頻発している。また頚部痛により集中できず、デスクワークに支障がある。認定結果は、骨傷なく、神経学的所見もなく、治療経過を勘案しても将来にわたる後遺症とは認められず非該当。
異議申し立て
左手関節痛については他の病院で精査を行い、その検査結果により対策を検討。頚椎捻挫については症状固定時の医師に追加の診断書を依頼。左手関節精査によりTFCC損傷と診断される。本人希望により関節鏡による手術を実施。術後疼痛はやや軽減するも症状を残して固定。 手術を実施した医師に対し医療照会を行い、手関節と頚部痛について同時に異議申し立てを行う。結果は手関節痛12級、頚部痛14級で併合12級が認められた。
認定事例2
事故態様
62歳自営業男性が優先道路を自動車で直進中、対向車線より右折進入してきた軽自動車と衝突し、車は大破、全損となった。
傷病および治療経過
左手関節捻挫、頸椎捻挫、腰椎捻挫で治療を開始し、約8ヶ月間治療後、左手関節痛を残し症状固定となる。左手でペットボトルの蓋が開けられない。カバンを長時間もち続けられない等の症状があるが原因は不明とされた。
異議申し立て
初回の後遺障害認定では非該当となったため、MRI画像検査と神経学的検査を依頼し、これらを新たな医証として異議申し立てを行い第12級に認定された。
肩の腱板損傷とは
どういう傷害か
腱板は、棘上筋腱、棘下筋腱、小円筋腱、肩甲下筋腱という四つの腱の塊です。肩甲帯から上腕骨を覆い、肩関節の動きに重要な役割を担います。 腱板は加齢や外傷を原因として損傷することがあります。特に棘上筋腱は肩関節の構造上損傷しやすいため、肩の腱板損傷というと、 棘上筋腱の損傷をさしていることが多いです。肩の側方挙上が60度以上不能な場合は棘上筋腱の断裂が疑われます。 若年者が外傷によって棘上筋腱の断裂を起こすことは稀ですが、50歳代以上では軽い捻挫程度でも断裂を引き起こす場合があります。 症状は、疼痛、動作時痛、夜間痛のほか、肩の挙上制限が見られます。
治療方法
主にMRI検査により診断されます。 治療は、部分的な断裂の場合は痛み止め薬や麻酔注射などを使った保存的治療となります。完全に断裂している場合は手術が必要になりますが、 多くはありません。
後遺障害等級
機能障害としては10級10号か12級6号、神経症状としては12級13号か14級9号の認定となります。
14級から12級になる人も多い
腱板に痛みが残り14級に認定された方が、異議申し立てにより12級になる例は少なくありません。 例えば『外傷性肩関節周囲炎と診断され肩関節の痛みが取れなかった主婦が非該当であったが、医証その他の資料により12級13号に認定された事例』などがあります。
こうした事例には、提出資料の不足、診断書の記載事項の不適切さ、時には医師の見落としなどの原因が必ず潜んでいます。 それに気がつくことができなければ、効果的な対策は立てられません。 何が問題なのかを見極めて対策を立てることが重要です。
どのような対策があるか
異議申し立ての具体的な対策としては、一般的には画像による検査、その他神経学的検査を受け、医師に診断書を書いていただくことが多いです。 既にいくつかの画像診断を受けている場合は、それ以上の事は必要ない場合もありますが、より高度な画像検査が有効になる場合もあります。 また、別の病院で再度検査を行うことが有効な場合もあります。症状の再現テストやストレステスト、筋電図など傷病に合った方法を選択することが大切です。
異議申し立ての事例
腱板損傷の事例1
事故態様
27歳男子会社員が片側二車線の国道を大型オートバイで時速約60キロで走行中、路肩に停止中の乗用車が合図なしでUターンを開始。 オートバイは乗用車運転席ドアー部分に衝突し、被害者は乗用車を飛び越え道路に落下。
傷病および治療経過
右脛骨高原骨折、右肩腱板損傷、頚椎捻挫、腰椎捻挫。1ヶ月入院の後9ヶ月通院し、右膝の神経症状で第12級に認定される。 右肩腱板損傷は判然とせず非該当。右肩に関しては可動域制限と常時疼痛を残しており、リフォーム会社の仕事に著しい障害があり、退職を余儀なくされた。
異議申し立て
右肩腱板損傷について、可動域制限は基準に達しないことが明白なため除外し、神経症状として12級13号認定を目標に対策を検討した。 まず医師面談を申し込み、腱板の状態を確認後、他の病院で紹介により検査を実施。診断書書式を作成し医師に作成依頼。診断書、画像、その他添付書類にて異議申し立てを行い腱板損傷が12級13号に認定され、併合第11級となる。
腱板損傷の事例2
事故態様
35歳男性がオートバイで直進中、路肩に停車中の自動車が突然発進し接触。バイクは転倒し右鎖骨開放骨折、右肩腱板損傷、頸椎捻挫の傷害を受けた。
傷病および治療経過
鎖骨の開放骨折のため手術を行いプレート固定された。 事故から1年後に肩の痛みを残し症状固定となり後遺障害認定を受けたが、初回は非該当。 MRI検査は実施済みだったが、損傷が判然としないという理由で非該当。 男性は肩が半分程度しか動かせなくなり、転職を余儀なくされた。
異議申し立て
医師と相談して別の医療機関で画像検査を受け、さらに症状経過などを資料により明確にした。 新たな画像と診断書等により異議申立を行い、機能障害で12級に認定された。