- 自賠責保険における高次脳機能障害の診断基準
- 診断基準(1)画像所見
- 診断基準(2)意識の評価
- 診断基準(3)神経心理検査
- 診断基準(4)日常生活状況報告表の質問内容
- 診断基準(5)脳外傷による精神症状等についての具体的な所見
- 軽度外傷性脳損傷(MTBI=Mild Traumatic Brain Injury)の判例
自賠責保険における高次脳機能障害の診断基準
自賠責では対象疾患が頭部外傷に限定されています。高次脳機能障害は、脳血管障害、脳炎、脳腫瘍、低酸素脳症など、 外傷以外の原因でも発症する場合があることから、自賠責保険の後遺障害等級認定では、次のような点が確認されます。
- (1)頭部外傷急性期における意識障害の程度と期間。意識障害の程度はJCS(ジャパンコーマスケール)やGCS(グラスゴーコーマスケール) などによって評価されます。 目安としてはJCSで3桁、GCSで8点以下の状態が6時間以上続くか、JCSが2から1桁、 GCSで13~14点の状態が1週間続くこととされています。
- (2)家族や介護者や周囲の人が気づく日常生活上の問題があること。
- (3)画像所見として、急性期における点状出血、クモ膜下出血などの異常所見、または、 慢性期にかけての局所的な脳萎縮とくに脳室拡大の進行が認められること。
- (4)頭部外傷がなく、あるいは頭部外傷があっても、普段の日常生活に戻り、 その後数ヶ月以上を経て次第に高次脳機能障害が発現したようなケースにおいて、 外傷による慢性硬膜下血腫も認められず、脳室拡大の進展も認められなかった場合には、 外傷とは無関係に内因性の認知症が発症した可能性が高いものといえます。
Q&A
Q 記憶障害とは?
A 忘れ物をしたり、新しいことを憶えられなくなったりします。そのために約束を果たせなかったり、同じことを何度も繰り返し聞いたりします。
Q 注意障害とは?
A 注意力がなく、ミスが多くなります。二つのことを同時に進行させることが苦手になります。
Q 遂行機能障害とは?
A 自発性が低下します。計画的な行動が苦手になります。
Q 社会的行動障害とは?
A 感情の起伏が激しくなります。場違いな場面で笑ったりします。他人の気持ちを思いやることができずに、人間関係に摩擦が生じたりします。
Q どのような検査があるのですか?
A ウェクスラー成人知能検査、ウィスコンシンカード分類検査などの神経心理学的検査。測定する能力によって、様々な検査方法があります。
Q 巣症状としての高次脳機能障害とは?
A 損傷した部位が限られている場合をいいます。限られていない場合を、巣症状以外の高次脳機能障害(びまん性軸索損傷)といいます。 前者では失行、失認、失語など、後者では認知障害と人格変化が典型的な症状といわれています。
Q 失行とは?
A 麻痺がないのに簡単な動作ができなくなります。例えばボタンかけなどの細かい作業が苦手になります。
Q 失認とは?
A 知っていたものなのに、触ってもそれが何か分からないとか、見ただけでは分からず、触ると理解できるなどの状態。
診断基準(1)画像所見
高次脳機能障害を引き起こす頭部外傷による脳損傷は、局所性(局在性)脳損傷とびまん性(広範性)脳損傷に分けることができます。 局所性脳損傷の場合は、脳挫傷、急性硬膜外血腫、急性硬膜下血腫がみられ、CTでそれらの病変が認められることが多いといわれます。 びまん性脳損傷の場合は、脳浮腫やくも膜下出血が見られることがありますが、CTでは異常が見つからず、後にMRIによって大脳白質の 病変を判定する事もあるそうです。CT、MRIの他にも、SPECT、PETなどが行なわれる場合もあります。 こういった検査から必要に応じ、脳室拡大、脳梁の萎縮、脳幹の損傷、深部白質損傷、脳内出血、脳血流低下、滑走性脳挫傷などを読み取り、 評価が行われることとなります。
MRI画像・・・様々な画像検査法が存在しますが、通常はCTやMRIで事足ります。
脳血流スペクト・・・血流の低下状況が画像でわかります。
MRI拡散テンソルトラクトグラフィー・・・神経線維を画像化します。
※最新の画像検査法も万能ではありません。「異議申し立てには、必ず新たな画像所見が必要」というのは間違った認識です。 新たな画像がなくとも、他の要件がそろえば上位等級に認定されます。例えば写真のMRI拡散テンソルですが、 この検査結果が必ずしも異議申し立ての結果を常に大きく左右するというものではありません。 高次脳機能障害で後遺障害等級が認定されるには、もちろん画像所見は必要ですが、個々のケースにおいて、妥当であろう等級に認定されなかったのは、 何が原因なのかということを、よく考える必要があります。 画像所見を偏重することは間違いです。 いくら最新の検査を受けても、方向性が間違っていれば、何度異議申し立てをしても妥当な等級は認められないでしょう。 間違った情報に振り回されないようにしてください。
診断基準(2)意識の評価
頭部外傷後に意識障害が起きることがありますが、その程度を客観的に測定するためのスケールです。 JCSが3桁、GCSが8点以下の状態(昏睡~半昏睡で、開眼・応答しない状態)がすくなくとも6時間以上続く場合、 もしくはJCSが2桁、GCSが13~14点(健忘症あるいは軽度意識障害)の状態が少なくとも1週間以上続いた場合は、 高次脳機能障害の特定事案としてより慎重な検討が行われます。
ジャパン・コーマ・スケール(Japan coma scale)
Ⅰ. 刺激しないでも覚醒している状態
1.大体意識清明だが、今ひとつはっきりしない
2.見当識障害がある
3.自分の名前、生年月日がいえない
Ⅱ. 刺激すると覚醒する状態-刺激をやめると眠り込む-
10.普通の呼びかけで容易に開眼する
20.大きな声または体をゆさぶることにより開眼する
30.痛み刺激を加えつつ呼びかけを繰り返すと辛うじて開眼する
Ⅲ. 刺激をしても覚醒しない状態
100.痛み刺激に対し、はらいのけるような動作をする
200.痛み刺激で少し手足を動かしたり、顔をしかめる
300.痛み刺激に反応しない
付加情報 R:不穏 I:糞尿失禁 A:自発性喪失
例えば、「1-R」は、大体意識清明だが、今ひとつはっきりしない状態で、不穏を伴うということになります。
グラスゴー・コーマ・スケール(Glasgow coma scale)
大分類 | 小分類 | スコア | |
---|---|---|---|
開眼(E) | 自発的に | E4 | |
言葉により | 3 | ||
痛み刺激により | 2 | ||
開眼しない | 1 | ||
言葉による最良の応答(V) | 見当識あり | V5 | |
錯乱状態 | 4 | ||
不適当な言葉 | 3 | ||
理解できない声 | 2 | ||
発声が見られない | 1 | ||
運動による最良の応答(M) | 命令に従う | M6 | |
痛み刺激部位に手足をもってくる | 5 | ||
四肢を屈曲する | |||
逃避 | 4 | ||
異常屈曲 | 3 | ||
四肢伸展 | 2 | ||
全く動かさない | 1 |
15点満点です。最低が3点。8点以下は重症とされます。E4 V4 M5などと表記されます。
診断基準(3)神経心理検査
高次脳機能障害には認知障害、人格変化、注意障害、遂行機能障害などの様々な症状があるため、その程度を客観的に測るための検査も いくつか存在します。しかしこれらの検査による評価は絶対的なものではなく、テストの結果と後遺障害等級認定の結果は同調しているわけではありません。
<知能テスト>
長谷川式簡易痴呆スケール改訂版(HDS-R)
MMSE
WAIS-R(ウェクスラー成人知能検査)
コース立方体組み合わせテスト
RCPM(レーヴン色彩マトリックス検査)など
<言語機能のテスト>
標準失語症検査(SLTA)
WAB失語症検査など
<記憶検査>
WMS-R(日本版ウェクスラー記憶検査)
Benton視覚記銘検査
日本版リバーミード行動記憶検査
三宅式記銘検査など
<遂行機能検査>
WCST(ウィスコンシン・カード・ソーティングテスト)
FAB
TMT
BADSなど
診断基準(4)日常生活状況報告表の質問内容
患者本人ではなく、家族または介護者が記入します。よく観察し、患者の症状が正確に伝わるようにします。
- 1.食事は1人で食べることができますか
- 2.トイレは1人で使うことができますか
- 3.衣服を1人で着ることができますか
- 4.小便をもらしますか
- 5.間に合わずに小便をもらすことがありますか
- 6.大便をもらしますか
- 7.入浴は1人ですることができますか
- 8.何をするにも指示が必要ですか
- 9.洗顔や整髪を1人ですることができますか
- 10.家の中を1人で移動することができますか
- 11.1人で外出することができますか
- 12.1人で買い物をすることができますか
- 13.金銭の管理をすることができますか
- 14.かかってきた電話の内容を伝えることができますか
- 15.1人で電話をかけることができますか
- 16.人の話を聞いて、すぐに理解できますか
- 17.自分の考え方を相手に伝えることができますか
- 18.他人と話が通じますか
- 19.家族と話が通じますか
- 20.なめらかに話が通じますか
- 21.話がまわりくどいですか
- 22.適切な表現を使えますか
- 23.今日は何月何日かわかりますか
- 24.同じことを何度も聞き返すことがありますか
- 25.数分前の出来事や聞いたことを忘れますか
- 26.昨日の出来事を覚えていますか
- 27.事故以前のことを覚えていますか
- 28.知り合いの人の名前を忘れがちですか
- 29.一桁の足し算はできますか
- 30.簡単な買い物での釣り銭の計算はできますか
- 31.手順とおりに作業ができますか
- 32.新しいことを覚えて身につけることができますか
- 33.1人で物事の判断ができますか
- 34.一度気になるとこだわってしまいますか
- 35.ひとつのことを続けることができますか
- 36.すぐに泣いたり怒ったり笑ったりしますか
- 37.わずかなことで興奮しますか
- 38.わずかなことでいらいらしますか
- 39.興奮すると乱暴しますか
- 40.場所をわきまえずに怒って大声を出しますか
- 41.家族や周囲の人とトラブルが多いですか
- 42.すべて自分中心でないと気にいらないですか
- 43.わけもなくはしゃぐことがありますか
- 44.気分が沈みがちですか
- 45.家に閉じこもることがありますか
- 46.大きな音などをうるさがりますか
- 47.めまいやふらつきがありますか
- 48.支え無しに立っていることができますか
- 49.歩くとふらつきますか
- 50.右手が不自由で動きませんか
- 51.左手が不自由で動きませんか
- 52.右足が不自由で動きませんか
- 53.左足が不自由で動きませんか
- 54.その他支障がありますか
診断基準(5)脳外傷による精神症状等についての具体的な所見
主治医が記入します。主な項目は次のとおりです。普段からよくコミュニケーションを取っておくことが大切になります。
- a.物忘れ症状
- b.新しいことの学習障害
- c.短気、易刺激的、易怒性
- d.粘着性、しつこい、こだわり
- e.飽きっぽい
- f.感情の起伏や変動がはげしく、気分が変わりやすい
- g.集中力が低下していて、気が散りやすい
- h.感情が爆発的で、ちょっとしたことで切れやすい
- i.性的な異常行動・性的羞恥心の欠如
- j.発想が幼児的で、自己中心的
- k.多弁、おしゃべり
- l.話がまわりくどく、話の内容が変わりやすい
- m.計画的な行動を遂行する能力の障害
- n.行動が緩慢、手の動きが不器用
- o.複数の作業を並行処理する能力の障害
- p.自発性や発動性の低下があり、指示や声かけが必要
- q.暴言・暴力行為
- r.行動を自発的に抑制する能力の障害
- s.服装、おしゃれに無関心あるいは不適切な選択
- t.睡眠障害、寝付きが悪い、すぐに目が覚める
- u.社会適応性の障害により、友達付合いが困難
- v.人混みの中へ出かけることを嫌う
- w.妄想・幻覚
軽度外傷性脳損傷(MTBI=Mild Traumatic Brain Injury)の判例
高次脳機能障害として後遺障害等級認定がされる一般的な要件として、事故当初の意識障害の有無と、頭部CT等による画像上の異常所見が挙げられます。 従来、事故後の意識障害がなく、頭部画像において脳の損傷を示唆する所見がなければ高次脳機能障害として等級認定されることはありませんでした。そういったケースでは 仮に高次脳機能障害と同様の症状が残ったとしても、14級とか12級という低い等級しか認められず、被害者にしてみれば、「妥当な補償がされない」という問題が起きていました。 平成18年5月26日札幌高裁判決は、頚椎捻挫を負う程度の追突事故において高次脳機能障害の症状を呈した中学生が、事故当時、明確な脳損傷が確認されず、 頚椎捻挫と診断されていただけにもかかわらず、第3級3号の後遺障害に該当すると認定した注目すべき判決です。